【感想】『アルプス席の母』早見和真|母は、ただスタンドから見守っていた

本屋大賞ノミネート作品

2025年本屋大賞第2位、11万部を超える話題作『アルプス席の母』(早見和真著)。
看護師として働きながら、ひとり息子を甲子園へ導いた母親の姿を描いた本作は、親子の絆や夢を支える覚悟の重みをリアルに描き出します。

作品情報

タイトル:アルプス席の母

著者:早見 和真

出版社:小学館

発売日:2024年3月15日

ページ数:354ページ

ISBN:978-4-09-386713-9

あらすじ(ネタバレなし)

舞台は神奈川県。シングルマザーの秋山菜々子は、息子・航太郎とふたりで暮らしながら、看護師として多忙な毎日を送っています。航太郎は小学生の頃から野球の才能を発揮し、やがて湘南の強豪シニアリーグで注目される存在に。

スカウトの声がかかる中、彼が選んだのは甲子園常連校ではなく、大阪の新興高校。息子の決断を尊重し、菜々子は遠く離れた地での生活を支えることを選びます。

スタンドから見守るしかない母のもどかしさ、選手として悩み苦しむ息子…。それでも母は「応援」という形で、息子の夢を見届けようとします。

感想|心の奥に静かに染みわたる母の愛

息子の夢は、母の人生そのものになっていく

息子・航太郎の夢は、甲子園のグラウンドでプレーすること。そして母・菜々子の願いは、ただ一つ、「その夢を見届けること」。

決して大げさではないけれど、菜々子の行動ひとつひとつに「母としての覚悟」がにじみ出ていて、読んでいるうちに涙がこぼれそうになる瞬間が何度もありました。

一見淡々と描かれる場面にも、母の強さと切なさが滲んでいて、読むほどに胸を打たれます。

スタンドからの視点が語る“裏側の青春”

甲子園を舞台にした小説では、主役はグラウンドの中にいる選手たちであることが多いですが、本作はその「スタンド席」から物語を描いているのが最大の特徴。

汗と涙の高校球児ではなく、応援する親、それも“母”の目線から描かれる世界は、これまでのスポーツ小説とはまったく異なるアプローチで、むしろ「青春の裏側」を描いた文学作品ともいえます。

「応援するだけ」「ただ見守るだけ」――それがどれだけのエネルギーを必要とするのか。自分が主役になれないもどかしさと、それでもなお与え続ける愛。菜々子の姿は、すべての母親に重なるようでした。

親子関係に悩む人こそ読んでほしい

作中で菜々子は、自分の選択が正しいのか、息子のためになっているのか、幾度となく迷い、悩みます。その姿はまさに「リアルな親の葛藤」。

いま子育て中の方や、思春期の子どもとの距離感に悩んでいる親御さんには、共感する部分が多いはずです。
そして、子どもの側から見ても、「親はなぜあそこまでしてくれたのか」という問いに、ひとつの答えをくれる作品でもあります。

印象に残ったセリフ

「アルプス席の母でいることが、私にできるすべてだった」

この言葉に、すべてが詰まっている気がしました。
菜々子はヒーローでもなければ、誰かから感謝されることを求めてもいません。ただ、息子を信じて見届けたい――その一心で、スタンドに立ち続けるのです。

まとめ|静かな感動が心に残る1冊

『アルプス席の母』は、派手な展開やドラマチックな奇跡はありません。しかし、だからこそ描かれる一つひとつの出来事が深く、静かに心に残ります。

スポーツをする子どもを持つ親だけでなく、すべての「誰かを応援する立場にいる人」に届けたい、そんな物語でした。

読む前と読んだ後で、見える世界が少し変わる――そんな一冊に、今年出会えてよかったと思います。

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