米澤穂信さんの人気シリーズ「小市民シリーズ」の、11年ぶり、第4作目の作品。
それが本作、『巴里マカロンの謎』です。
本作はシリーズ第4作にあたる短編集で、タイトル通りスイーツにまつわる“日常の謎”が描かれています。
大事件は起こりません。けれども、誰もが抱えうるささやかな違和感や、行き違い、ほのかな悪意を、
米澤作品らしい静かな筆致で描き出しており、読後にはじんわりとした余韻が残る構成です。
作品情報
- タイトル:巴里マカロンの謎
- 著者:米澤穂信
- 出版社:創元推理文庫
- 刊行年:2018年(単行本)/2020年(文庫)
- シリーズ:小市民シリーズ 第4作(短編集)
高1の夏〜冬、ふたりの「日常」が最も穏やかだった頃
時系列としては、『春期限定いちごタルト事件』の後、『夏期限定トロピカルパフェ事件』の前にあたる内容です。
互恵関係を築いた小鳩常悟朗と小佐内ゆきの高校1年生後半、関係性がもっとも安定していた時期の物語と言えるでしょう。
この時期のふたりは、互いの性格も理解し始め、阿吽の呼吸で会話を交わせるようになっている。
けれども完全に“親友”でも“恋人”でもない。この微妙な距離感が、読んでいてたまらなく心地よいのです。
🍩 甘いだけじゃない、スイーツに秘められた違和感
本作に収録されている短編は以下の4編です:
- 巴里マカロンの謎
- 紐育チーズケーキの謎
- 伯林あげぱんの謎
- 花府シュークリームの謎(文庫書き下ろし)
どれも共通しているのは、「スイーツが鍵を握るちょっとした違和感」。
たとえばマカロンの数が合わない理由、あげぱんにマスタードが入っていない理由……。
大げさな事件ではありませんが、その“ズレ”の裏には人間の機微や本音が隠れていて、
ふたりがその謎を丁寧に、時に皮肉を込めながら解き明かしていく姿に引き込まれます。
読みながら何度も「こういうこと、あるなあ」と頷いてしまう。
それは現実の私たちの生活にも潜んでいる“日常の謎”だからこそかもしれません。
📝 特に印象的だった短編:『花府シュークリームの謎』
なかでも印象的だったのが、文庫書き下ろしのラストエピソード「花府シュークリームの謎」。
物語は、名古屋で開催された「日伊パスティチェーレ交流会」をめぐるある出来事から始まります。
小佐内が披露した集合写真に映っていたのは、パティシエたちに囲まれた友人・古城秋桜(こぎ こすもす)。
後日、秋桜が小佐内に電話をかけてきて、「飲酒の疑いで停学処分を受けたが、私は無実」だと訴えます。
ふたりがその話に耳を傾け、些細な証拠から“真実”を推理していく構成は、まさに「小市民シリーズ」らしさの真骨頂。
派手なトリックや暴力事件ではなく、「どうしてそんな誤解が起きたのか」を丹念にたどるミステリです。
タイトルの「花府(フィレンツェ)」は、イタリアの都市フィレンツェの当て字で、
本作に登場するスイーツ「シュークリーム」と組み合わせて、柔らかくもどこか皮肉めいた印象を残します。
シリーズを通して描かれてきた、「ふたりが誰かの“味方”になるために知恵を使う」という姿勢がこの話にも健在で、
読後には温かさと少しのほろ苦さが胸に残る、余韻のあるエピソードでした。
初めて読む人にもおすすめ?
シリーズを知らなくても読めますが、既読だと楽しさ倍増です。
小鳩くんと小佐内さんの“過去”や“今後”を知っていると、ちょっとしたセリフの裏にある意味や、
ふたりの関係性の変化も味わえるため、読後の深みが違ってきます。
時系列的には『春期限定~』の後なので、
シリーズを順に追ってきた方には“空白を埋める1冊”としても魅力的です。
まとめ|ほろ苦くて、やさしい。ふたりの「小市民」物語、まだ終わらないでほしい
『巴里マカロンの謎』は、
静かで小さな謎をじっくり味わえる、米澤穂信らしい“日常の謎”短編集でした。
日々を少し丁寧に生きる。ささいな違和感に目を向けてみる。
そんな気づきをくれる物語でもあります。
第5作目で完結となる小市民シリーズですが、
どうかもうしばらく、ふたりの平穏な日常が続きますように──。
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